liris's araluen

アメリカNY発のとある小娘モノローグ

原節子様。

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伝説の女優。原節子様。

優れた女と書いて女優。読んで字のごとくの女優さんとは、まさに彼女のことだと思う。

 

「東京物語」の紀子さん。

彼女には、とても強い印象を受けた。

それは、一方では「理想の女性」。他方では、「怖ろしさ」。

 

理想の女性に関しての意見。わたし以外の多くの人が語っていることだろう。

わたしが、美しいと思ったのは、彼女の言葉遣い。

驚いたこと「はい」「いいえ」は、現代の日本人よりもはっきりしっかりと述べていることだった。余計なことを伝えるのでなく、自分の意見を完結に。

 

一方で、彼女に恐怖を感じた方は、他にいらっしゃるのだろうか。

その理由が自分自身でわからないため、よけいに怖い。

もう鑑賞してから一ヶ月経つというのに、消えない、このもどかしさ。

 

きっと、わたしは自分の年齢から紀子さんでなく、京子ちゃんの立場で映画を見ているのだろうと推測してみる。

すると、少しはこの謎が解ける気がする。

しかし、もし京子ちゃん視点ならば、紀子さんに怒るはずだ。それは、最後の場面が彼女の場面で、表すように。

 

さて、なぜ、わたしは紀子さんに恐れを抱いているのか。

それは、わたしの考え方が京子ちゃんよりも少し知っってるようで、知らないことが増えている、そんなわたしを紀子さんのまっすぐな瞳に見ぬかれていると感じたからなのかもしれない。

 

諸行無常に対し反抗したい。自分が「いやなことばかり」な大人になりたくない。

でも、なってしまう。今すぐにでも、ネバーランドに行きたい気分。

この気持はなんだろう。ノスタルジックというのか。哀愁というのか。

 

 

大抵の大人はその変化に気付いていない中、紀子さんは知っているのだ。

他人に対しては、それを批判どころか擁護する優しさ。

自分に対しては厳しく、葛藤していることを周吉に打ち明けたことは、意外であったし安心した。彼女もやはり人間だと。あまりに完璧すぎる彼女の姿に嫉妬もあったのかもしれない。

 

そんな彼女に、「それでいいんだよ」と言った彼の言葉がとても、優しく痛く感じたわたしである。